うつ病患者の生活

うつ病と診断されて9年の42歳。休職や転職を繰り返して2015年はアルバイトとして社会復帰。そんな人はこんな生活をしてるよって日記です。認知行動療法、対人関係療法、週間活動・気分記録表、メンタル・フィジカルチェック、障害年金など取り組んでいることを記録しています。

両親を亡くして変わったこと

両親の死とうつ

私は30代半ばで両親を亡くしました。うつになる導線のひとつでもありこの出来事は一生忘れないことだと思っています。うつのまっただ中にあるときは両親が私をうつにしたと思っていたときもありました。今は必然だったと思っていて誰も責めていませんし、自責的な気持ちもありません。今日書こうと思っていることの主旨からそれるのでうつになっていく経緯は省きます。私には3つ下の弟がおり、生まれながらダウン症を持っています。私は父が40、母が38のときに生まれました。したがって、両親は私がそう年を取らない間に両親を亡くし、弟の面倒をみることになると考え、たくさんのものを残していってくれました。

しかし、うつとなって心の安定を失った私はそれまでのストレスを全部吐き出すようにそのほとんどを短期間で使ってしまいました。あのときもっと自制していればとか、思うこともありますが、病気だったから仕方ないですし、散々使えたからこそ最後の最後で大切なことに気がつけたのかもしれません。両親はそんな目的で残していったわけではないと思いますが、とても感謝していますし、恵まれていると感じます。

棺に眠る母をみて

母が亡くなった時点でまだ私は社会復帰をしていません。残してくれたものも散々使いつくし、もうどんな形でもいいから社会復帰をしなくてはいけない状態に追い込まれていましたが、一晩母の顔をみていたら不思議と切羽詰まった気持ちは起こりませんでした。むしろ逆に、失うものは全部失った。だからもう失うことを恐れる必要がないという晴れた気持ちが湧いていました。

目の前に横たわる母は母であってもう母ではありません。母の脳に記録されていた記憶や経験、知恵、知識はもう取り出せなくなりました。死に装束を身につけた以外はまさに裸一貫で旅立っていきます。生前、いろいろなものを手に入れ、ごくたまには贅沢をしましたが、旅立つときは何も持っていけません。その姿を見たとき、生きている間に体験する価値のあるモノはごく限らていると思いました。

例えば、私の妻は母からおふくろの味を学びたいと思っていました。そうした会話をする機会は何度かありましたが、体力の衰えた母が会話できる時間はごくわずかであり、結局断片的なものとなりました。後悔しているわけではありません。ただ、そうしたことを母から子へ伝えることとか、家族の歴史みたいなものとか、そういうことは金銭的な価値はゼロですが、代わりの効かない価値です。それだって自分が死んでしまえばもう無になりますが、そういう体験さえ得られれば他のものの優先順位は低いと感じるようになったのです。

社会復帰と今年のまとめ

そう思うようになったら(追い込まれていたという事情もありますが)、それまで社会復帰にあれこれ迷っていたことがそれほど高い壁と感じなくなってきました。生活のために必要なものは必要なので働くのですが、正社員なのかパートタイムなのかとか、企業規模がどのくらいかとか、賃金がどのくらいかとか、そういうことは時間とともに変動していくことなのでまあ置いといて、自分の持っているものを使って誰かに喜んでもらえることを実感できそうならどこでもいいやと思いました。たくさんのものを手に入れられるならそれに越したことはありませんが、どうせその多くをいつまでも失わずにいられるわけではありません。どんなに多くの財や地位や人脈や知識や経験を手に入れても、いつかは全てを手放してたったひとりで裸で去っていくものだと分かっていれば失う恐怖を感じることもありません。明日死んでもいいですし、妻や可愛いペット達を失っても、しばらくはたまらなく悲しいでしょうけど、早かれ遅かれいつか必ず失うからこそ、今持っているものを大切に感じ、楽しめることのほうが価値があると考えるようになりました。男は40代に入るとまもなく厄年がやってきますが、私はもう30代でいっぱいな悩んで決めた結論なので、出会った困難も楽しめそうだと思っています。

実はここに書いたようなことを面接でもかいつまんで話しています。面接官はだいたい私と同じくらいの年の方かそれより上のことが多いので、割りと好評いただきます。うつになって仕事を失って、お金もなくなって、両親を失って、失いづくしの30代でしたが、失って本当に良かったなと思っています。こうなった必然と偶然に感謝しています。そしてそんな何も持っていない私を慕ってくれる妻やペット達がいることや、こうした話を面白がって聞いてくれる人に感謝しています。

11月頃、現在アルバイトをしているところで上司から、勤務時間延長と、将来のこと(契約社員や正社員)について話がありました。今はまだ体と相談しながら試行錯誤の最中なのでということで返事を保留しています。事実、全然やれるよという日もあればこりゃ続かないという日もたまにあり、判断のつきかねるところなのですが、保留している最大の理由は、この会社が提供するサービスや商品を、この仲間たちは誰と分かち合っいて、自分たちも取引先も心底喜べているのか、この先もこの人達と一緒にもっと喜びを追求していけそうか、というところです。今日は誰かの喜びに関与できたかどうか、そのことだけ気になりながら働いています。