うつ病患者の生活

うつ病と診断されて9年の42歳。休職や転職を繰り返して2015年はアルバイトとして社会復帰。そんな人はこんな生活をしてるよって日記です。認知行動療法、対人関係療法、週間活動・気分記録表、メンタル・フィジカルチェック、障害年金など取り組んでいることを記録しています。

両親を亡くして変わったこと

両親の死とうつ

私は30代半ばで両親を亡くしました。うつになる導線のひとつでもありこの出来事は一生忘れないことだと思っています。うつのまっただ中にあるときは両親が私をうつにしたと思っていたときもありました。今は必然だったと思っていて誰も責めていませんし、自責的な気持ちもありません。今日書こうと思っていることの主旨からそれるのでうつになっていく経緯は省きます。私には3つ下の弟がおり、生まれながらダウン症を持っています。私は父が40、母が38のときに生まれました。したがって、両親は私がそう年を取らない間に両親を亡くし、弟の面倒をみることになると考え、たくさんのものを残していってくれました。

しかし、うつとなって心の安定を失った私はそれまでのストレスを全部吐き出すようにそのほとんどを短期間で使ってしまいました。あのときもっと自制していればとか、思うこともありますが、病気だったから仕方ないですし、散々使えたからこそ最後の最後で大切なことに気がつけたのかもしれません。両親はそんな目的で残していったわけではないと思いますが、とても感謝していますし、恵まれていると感じます。

棺に眠る母をみて

母が亡くなった時点でまだ私は社会復帰をしていません。残してくれたものも散々使いつくし、もうどんな形でもいいから社会復帰をしなくてはいけない状態に追い込まれていましたが、一晩母の顔をみていたら不思議と切羽詰まった気持ちは起こりませんでした。むしろ逆に、失うものは全部失った。だからもう失うことを恐れる必要がないという晴れた気持ちが湧いていました。

目の前に横たわる母は母であってもう母ではありません。母の脳に記録されていた記憶や経験、知恵、知識はもう取り出せなくなりました。死に装束を身につけた以外はまさに裸一貫で旅立っていきます。生前、いろいろなものを手に入れ、ごくたまには贅沢をしましたが、旅立つときは何も持っていけません。その姿を見たとき、生きている間に体験する価値のあるモノはごく限らていると思いました。

例えば、私の妻は母からおふくろの味を学びたいと思っていました。そうした会話をする機会は何度かありましたが、体力の衰えた母が会話できる時間はごくわずかであり、結局断片的なものとなりました。後悔しているわけではありません。ただ、そうしたことを母から子へ伝えることとか、家族の歴史みたいなものとか、そういうことは金銭的な価値はゼロですが、代わりの効かない価値です。それだって自分が死んでしまえばもう無になりますが、そういう体験さえ得られれば他のものの優先順位は低いと感じるようになったのです。

社会復帰と今年のまとめ

そう思うようになったら(追い込まれていたという事情もありますが)、それまで社会復帰にあれこれ迷っていたことがそれほど高い壁と感じなくなってきました。生活のために必要なものは必要なので働くのですが、正社員なのかパートタイムなのかとか、企業規模がどのくらいかとか、賃金がどのくらいかとか、そういうことは時間とともに変動していくことなのでまあ置いといて、自分の持っているものを使って誰かに喜んでもらえることを実感できそうならどこでもいいやと思いました。たくさんのものを手に入れられるならそれに越したことはありませんが、どうせその多くをいつまでも失わずにいられるわけではありません。どんなに多くの財や地位や人脈や知識や経験を手に入れても、いつかは全てを手放してたったひとりで裸で去っていくものだと分かっていれば失う恐怖を感じることもありません。明日死んでもいいですし、妻や可愛いペット達を失っても、しばらくはたまらなく悲しいでしょうけど、早かれ遅かれいつか必ず失うからこそ、今持っているものを大切に感じ、楽しめることのほうが価値があると考えるようになりました。男は40代に入るとまもなく厄年がやってきますが、私はもう30代でいっぱいな悩んで決めた結論なので、出会った困難も楽しめそうだと思っています。

実はここに書いたようなことを面接でもかいつまんで話しています。面接官はだいたい私と同じくらいの年の方かそれより上のことが多いので、割りと好評いただきます。うつになって仕事を失って、お金もなくなって、両親を失って、失いづくしの30代でしたが、失って本当に良かったなと思っています。こうなった必然と偶然に感謝しています。そしてそんな何も持っていない私を慕ってくれる妻やペット達がいることや、こうした話を面白がって聞いてくれる人に感謝しています。

11月頃、現在アルバイトをしているところで上司から、勤務時間延長と、将来のこと(契約社員や正社員)について話がありました。今はまだ体と相談しながら試行錯誤の最中なのでということで返事を保留しています。事実、全然やれるよという日もあればこりゃ続かないという日もたまにあり、判断のつきかねるところなのですが、保留している最大の理由は、この会社が提供するサービスや商品を、この仲間たちは誰と分かち合っいて、自分たちも取引先も心底喜べているのか、この先もこの人達と一緒にもっと喜びを追求していけそうか、というところです。今日は誰かの喜びに関与できたかどうか、そのことだけ気になりながら働いています。

インプットとアウトプットのバランス

インプットとし続けると疲れる

情報を取り込み続けるととても疲れます。テレビでも雑誌でもネット上のブログでもニュースでも、twitterのタイムラインでも仕事に必要な文章でも、芸能や生活のハックネタといった読み流せる軽い内容の話題でも変わりません。 もともと、うつになった原因のひとつが「溜め込みがち」という行動のクセです。

心が変われば行動が変わる 行動が変われば習慣が変わる 習慣が変われば人格が変わる 人格が変われば運命が変わる

ウィリアム・ジェイムズ(心理学者、哲学者)?

という格言がありますが、インプットが溜まると疲れる体質ならば行動で体質を変えるしかありません。社会復帰のリハビリをしているときにこのクセのことに気づいてバランスをとるように行動してきましたが、 やはり連休とか長期休暇とかオフの時間がまとまると気が抜けてクセが出てきてしまいます。体が疲れているときは眠ればとれていくのですが、頭や心に溜めた負担はほぐすのに時間がかかります。リハビリ中は運動するとか土いじりをするとか いわゆる体を動かすことで発散して、「発散することの気持ち良さ」を覚えました。

働きながら発散する

働き始めると既に体は疲れた状態から発散しなければいけないので基礎体力が戻るまでは続けることは忍耐が必要です。「発散は体を動かすことで」は理想ですが、 発散するためには体を動かすことの一本槍では現実的に困難をともないます。私もまだ試行錯誤のなかですが、例えばこうしてブログを書くということも発散になっています。取り入れた情報を真似して(時々は咀嚼して)外に出してやるということで気が済む というか発散されているのかなと感じています。

再びアルバイトをしてきました。そして感じたこと。

1月末で前のアルバイトを期間満了になって、求職活動を始め5月からまたアルバイトを始めました。とは言えこの記事を書いている今日現在はすでに無職です。始まってみたものの予定されていた仕事のスタートが2回延期になってしまい、目処がつかないため結局仕事らしい仕事をしないまま雇い止めになってしまいました...。残念。不完全燃焼です。あんまり元気がない会社と感じたので、これはこれでよしかなと思う気持ち半分、決まるまでの道のりが長かったぶん達成感が全く得られずモヤモヤした気持ち半分。終了後に思った以上にストレスを感じていたらしく3日ほど寝込んでしまいました。まだ求人情報を見る気分になれず、しばらく意欲がわくのを待ってからまた動き出そうと思っています。スキルの足りなさも痛感したのでこの時間を使って勉強しなきゃ。

覇気がない職場はストレス

「わからないことがあったら随時聞いて下さいね」と言われたものの、わからないことだらけで聞く回数も頻繁。さすがにデキない感ハンパなく醸し出してるなぁと感じながらも、新しい環境なら最初はどうしても通過しないといけない関門なので、どう思われようと仕方がないと割りきって仕事してたのですが、指示も報告の受け方も聞こえない。聞く言葉も初めてなことが多いなか、口元でモゴモゴ言ってて聞き取れない。なんとかやり取りを繰り返して理解したつもりになって仕上げて報告に行くとどうも理解できなていなかったらしくやり直しの指示。それもまたモゴモゴ。みなさんあまり私語もせずキーボードを叩く音とクリック音がするだけの時間が長く続くなかでのたまのやり取りがそれ。繰り返しているうちにだんだん自分が正しく指示を理解して進めているのか自信がもてなくなってきてとても神経がすり減りました。うん、やっぱり雇い止めになったことはプラスなのだ(無理やり)。ハキハキしゃべる職場が自分には合っているんだと知りました。

会社の生い立ち

2社でアルバイトをしてみて2社ともそうだったので改めて感じたことですが、会社設立の経緯って社風に大きく影響を与えるものだなと。求人を見るときってだいたい情報サイトをみて、気になる会社があったらホームページを見に行きます。そこに企業理念のページがあって社長挨拶があったりして。事業内容とは別にその会社がどんな姿勢で事業をやっているのかわかる場合があります。そこに書かれていることは「社会貢献」とか「関わりをもったみんなを幸せに」とかってことが多くて、心底そう思っているには違いないんだろうけどまあそんなもんだよなってことが書かれてあるわけです。これまではスキルも合致していてビジネスモデルも当面通用しそうで、理念に共感できれば応募となっていたわけですが、どうもそれだけでは自分に合った会社かどうかを判断するには十分ではないようです。
2社とも、もともとは機械製作メーカーだったり自動車部品の設計会社であったところから時代の流れに派生して、新しい事業を興し初めは社内の一部門だったものが独立し子会社になった経緯がありました。そういう会社と一方で創業者がなんらかの想いをもって一から立ち上げた会社とでは、集まってくる人たちの熱量もずいぶん違ってくるのだと思いました。どちらが上とかスキルが高いとか業界シェアが大きいとか、そういうこととは別にして社風が全然違ってくるのではないかと。世の中にはシェアは一番でなくてもブランド力のある会社がある一方で、シェアが一番でもあまりブランド力のない会社があります。そもそもシェアとはある時代の断面を切り取ったときのものでアイディアが当たったときには上がり、外したときには落ちる変動性が高いものです。働く時間は何十年もあるのでその間に売上高や利益は上がったり下がったりの繰り返しがあって当然。でも働く仲間は年単位で同じことが多いはずですから、どんな人と一緒に働くかって仕事を続けていく上でとても大切な要素なんじゃないだろうか。どんな人が集まってきやすい会社なのかということを会社の生い立ちから想像するということはアリかなと感じたアルバイト体験でした。

というわけで、もう少し休んだらそんなことも加味して会社選びがんばろうと思っている今日です。

大きく調子を崩す場面を知っておく

楽にいられるのはこんなとき

元来自分はこうありたいというのがない。人生を掛けて成し遂げたいことも別にない。自己実現したいなんてかっこいい欲も特にない。自分が興味のあることに時間が使え、周りもそうであればいいと思っている。意気投合すれば一緒にやればいいし、そうでなければ緩く繋がっていれば満足だ。そういう状態がいちばん自分らしい。

調子がくるうとき

自分の器用さがけっこう嫌いだ。頑張ればそこそこ身についてしまう。楽しんで手ごたえを感じながら自分のペースでやっているのが好きだ。そしてだんだん成果が出てくると、いつのまにか誰かが期待するようになる。 期待されることは自尊心がくすぐられ心地よい。しかし自分のペースより早く結果を出すよう期待されると歯車が狂いだす。 いったん仲良くなると期待に応えなければ見捨てられるような気がしてきて、オーバーペースになり、好きでやってたことが好きでなくなってしまう。 自分が好きだからやっているのか、期待に応えたくてやっているのかわからなくなって、(多分その両方だが)孤立が恐いから、期待に応えることを選ぶ。

なんで苦手意識があるの?

家庭環境もあって、「あなたの好きなことをやりなさい」と言われたことがなかった。父は苦学して好きなことを選んだ結果、苦労したので私に同じ苦労をさせたくなかったのだろう。父なりの子どもへの愛情だったのだと思う。でも当時はそんな父を疎ましく思っていた。

文字が上手に書けるようにと書道教室に入った。風邪ばかりひいていたので身体が丈夫になるようにと水泳教室に通った。上達が早く次第に期待されるようになった。いい成績を残すと親が喜ぶから一生懸命やっていた。でもそんなに好きではなかった。好きでないことに気付き辞めたいと何度か申し出たが、もったいないからと辞めさせてはくれず辛かった。「辛抱して努力すれば必ず報われる」と。でも好きでないものを努力するのは私には苦痛だった。稽古の時間が近づくとお腹が痛くなる。どんどん苦痛になって親の目を盗んでずる休みしたりもした。 高校受験を前に勉強が好きになった。文章が好きだったから文学部に行きたいと思った。でも就職に不利だからと許されなかった。勘当するとまで言われ諦めた。子どもが自分と同じような道に進みそうだと感じ、必死に止めたかったのかもしれない。
父が死んだ今でも好きなことを純粋に楽しめない。誰かに「好きなことが見つかって良かったね」と認めてもらいたい一方で、期待されてしまうのが恐くてどこかでこっそりと隠れてやりたい気持ちがする。とても矛盾しているのだけど、こんな葛藤が自分を苦しめているのだと思う。

寄り添いってなんなの?

1月いっぱいで3ヶ月間のアルバイトを終え、2月から通所生活にもどりました。すっかりご無沙汰なのでスタッフさんに挨拶と簡単な期間中の報告と振り返りの面談をしました。そのやりとりのあと、気分が落ちてしまったので記録として残しておきます。

やりとりの内容

支援員「3ヶ月間お疲れ様でした。自信がついただろうし、新たな気付きもあったでしょう。それを踏まえて今後のことをどうするか考えましょうか?」

私「はぁ、そうですね」(若干戸惑い気味)

支援員「今後のイメージはどんなですか?」

私「今回のアルバイトは午後からの勤務だったので、次は午前からの勤務にチャレンジしてその日数を増やして行きたいです」

支援員「そうですか。」(何か考えている様子)

私「勤務日数は週20時間働けたので、フルで入れそうな手応えを掴んでます」

支援員「そうなんですね。どんな仕事に就きたいですか?」

(略)

支援員「じゃあいつ卒業してもいいように修了発表やっちゃいましょう。あと来週から就職支援プログラムに参加しましょうか。職務経歴書の添削とか模擬面接とかやりましょう」

どこでスイッチが入っちゃったのか

まだ自分でも答えが出せていませんが、考えたことを途中まで記録しておきます。(気付いたことがあれば追記していきます)。
まず、通所する道中で「先週まで勤務していたのが夢幻だったみたいだ。今日またこうして通所しようとしている。気乗りしないなぁ」と思ってた。挨拶が終わってしばらくしたら支援員さんがやってきてで「今後のこと話しましょうか」と言われる。笑顔ではなかった。しばらくしたら別の支援員さんがやってきてまた「今後のこともあるからまた面談しましょうね」と言われる。この時点で心の雲行きが怪しかった。何か複雑な気持ち。なぜ複雑な気持ちがしたのかよく分からないけれど多分スイッチはここ。面談を終えて・・・帰りの電車から気分が悪化して翌日から半年ぶりぐらいに一日ダウン。  その一週間はまるっと寝逃げ状態でした。第二週の今日、寝たきりからは脱っしつつあるものの、まだ外出したり通所するのは億劫です。すぐ疲れるし、外に出るのが恐い。

振り返ってみて

私は間違いなく3ヶ月間アルバイトに行きました。欠勤せず、遅刻もせず。仕事中もボンヤリして手につかなくなるようなこともなく、心地良い緊張感をもって仕事ができた。かつて働いていた頃の充実感が蘇ってきてとても嬉しかった。仕事という生活から離れて約3年。育児や家事に従事していたわけでもなく、メンタルの病気により仕事から離れていたことを考えると、たいへん大きな一歩を踏み出し、そして結果を出した。清水の舞台から飛び降りる決意で、とは言い過ぎですが、もし失敗したらもうしばらくは立ち直れないだろうという想像を振り払って飛び込んだ私にとってはたいへん大きな成功体験。ここまでは事実
ところが今、成功体験が霞み飛び散るほどの圧倒的な現実に打ちのめされている。これ受け止め方

3ヶ月間アルバイトに行けた成功体験<通所してる現実

すごい成果を出したという事実にたいして自分で褒めてあげようとしても、全然受け入れられない。勤務最終日は達成感でいっぱいでいた。楽しかったから、できるだけ早く次の仕事を見つけてまた働きたいと思っていた。でも今はそんな自信があったのがなぜなのか全く分からない。夢だったんじゃないかというくらい現実感を感じられない。自分に起こった出来事のような気がしない。このことを主治医や家族にも話したけど「頑張ったぶん、疲れが出たんじゃない?ホッとして気持ちが緩んだんだよ」という反応。それを否定するつもりはない。それもあるだろう。でも実感として達成感を(今は)感じられていない。あのときは感じていたはずなのに。ホッとしているどころか焦りと絶望感の方が大きい。「小さな成功体験を重ねて自信を取り戻していきましょう」というのがうつ病治療の王道だ。事実これまでそうやって少しずつ自信を取り戻し、一時寝たきりだった自分がアルバイトをやり切るところまで回復した。すごく達成感と自信をもてるはずじゃないか?このギャップに胸がはち切れそうなくらい苦しんでいる。

今日の時点での結論

たぶん、周りにももっと評価して欲しかったんだと思う。でも自分が期待したほど評価されなかった(されたいと思うほど反応がなかった)。自分では相当覚悟して大きな一歩を踏み出し、やり遂げた。とても大きな成功。周りにも自分にとって大きなチャレンジをすると公言していた。周りもそのチャレンジをヒヤヒヤしながら見守ってくれた。一方いざやり遂げてみたら、うつ病の人がアルバイトをやり遂げるまでに回復したという基準ではなく、世間一般の基準で評価された(それぐらいできて当たり前、次に行こう)ので反応が薄かった。そのギャップに困惑している。いくら「自分で自分を褒めてあげましょう」と言われても、一度どん底まで自信を失った人にとって「他人から評価してもらうこと」ほど自信になることはない。達成して気が抜けているのは自分じゃなくて周りなんじゃないかと。ホッとした結果、うつ病の人としてではなく、一般の人として見た。だから自分が期待するような評価がされなかったというギャップが生じて、「この程度のことは出来て当たり前なの?評価に値しない?」って不安になってしまっている。

過去にこんなことがあったのを思い出した。以前、まだ勤めているとき。復職してリハビリ出勤していたころ。少しずつできることが増えて、勤務時間も延ばしていたときに体調を崩して遅刻がちになった。月に一度行っていた上司との面談で、「毎日定時に出社できるということが社会人としての基本。」と言われた。もちろんそんなことは分かっているから何も言えなかった。ただ面談の最後に「何か伝えたいことがあれば言ってみて」と向けられたので、とても複雑な思いがしたものの恥を覚悟して言ってみた。「できていないことは改めるよう努力する。でもできたことはできたこととして口に出して評価して欲しい」と。できてないことばかり指摘されるとどんどん自信を失うので、病気の特性だから協力して欲しいと。でも返ってきた言葉は私にとって絶望的だった。「新人ならともかく社会人10年近くやってる人に基本的なことができたからってイチイチ口に出して褒められないよ」。それを境にどんどん休みがちになり、結局辞めてしまった。

おそらくそのことと同じことが今回起きている。「寄り添い」って言葉が最近流行っている。弱っている人の悩みを聞き、否定しない、共感する。そういう姿勢や話を聞く技術。だいたいそんなことと理解している。でもそこまでだと充分でないと感じる。弱っている人が助けを借りながら課題を克服しつつあるとき、つい支援者や周りもうれしくなってその人が「弱っている人」だということを忘れてしまうときがある。いつまで弱っている人として寄り添ったらいいのか。いや、そもそも寄り添いとは弱っている人専用の接し方なのかな?寄り添い始めがあって、寄り添い終わりがあるようなものなのかな?今は自分が回復することが最優先なのでこれ以上考えることはしないけれど、そんな視点で「寄り添い」が語られることがあってもいいかなと思う。

無限ループから脱出するには

うつの人の頭の中

うつになると、あることないことで頭がいっぱいになっているか、嫌なことや辛いことを一切感じないようにしてしまうか、二者択一になってしまいがちです。ことが良い方向に進んでいるときは想像力豊かといえますが、悪い方向にいくと「あの人は私のことを嫌っているかもしれない」、いや「嫌いに違いない」とか、「明日も調子悪かったらどうしよう」、いや「悪いに違いない。なぜなら...」と何が事実でなにが想像なのかこんがらがって徐々に気分が重くなっていき、そのうち身体にも変調が現れる(動けなくなる)。訓練していくと一時的に無視することができるようになりますが、ふとしたきっかけでそうした考えがループしてしまうことがあります。一度うつを発症してしまうと、ループする癖がついてしまうので、意識して脱出するようにしています。
※ちなみに、「何が事実でなにが想像なのか切り分ける」のは認知行動療法で訓練できます。

私が実践している無限ループからの脱出法  

瞑想(マインドフルネス)とか自律訓練法があります。瞑想は座禅とかヨガなんかで有名ですし、自律訓練法は一種の事故催眠術といわれているものです。詳しいやり方はネット上でもたくさん出ているので検索してみて下さい。ざっくりいうと「今ここに起きていることに意識を集中する(感じる)」ことです。例えば、お風呂に入りながら「明日のミーティングで何を発言しようか」とか、「明日出社したら朝一番に取引先に電話しなきゃ」とか「企画書の締め切りが明後日だから明日は...」とか考えるのではなくて、「お湯が温かいなぁ」とか「身体がほぐれるなぁ」とか今を感じることに意識を集中する、ということになります(マインド=心をフル=いっぱいにする)。日頃から考えることや想像を巡らすことで頭がいっぱいでいると自分が何をかんじているのか、自分の心の有り様を見失ってしまいます。時々心を意識してみることで理屈ではなく今自分が何を望んでいるのかを知ることができます。仮に感じているものがネガティブなものや不快なもの、一般的に不道徳とされるものだったとしても構いません。しっかりと認めてあげます。正しいかどうかどうかは行動で判断されることであって、心のなかに秘めておけば誰にもわからないことです。わからないことは非難されません。

※考えることが優れていて、感じるままに行動するのは下等だと教育されてきたので最初は抵抗もありますし、最初からはなかなか上手くいかないと思います。でも何度もチャレンジしていればできるようになります。完璧にできる必要も全然ありません。

応用

どうにか社会復帰を果たしても、今日は体調や気分が優れず出社したくないという日が必ずあります。「休んでしまおうか、ズルズルいかないように今日だけ、いや、一度休んだらこれまでやってきたことが水の泡になる。でもなぁ...」。そういうときはまず「行きたくない」と感じている自分を受け入れます。「そりゃ行きたくないよね。疲れもたまってるし、納期が近づいてきてみんなピリピリしてるし、上司と目が合ったら何か落ち度を指摘されそうな雰囲気だし」。それだけで少し気分が落ち着きます。そして、まず布団から出てみる。会社に行くかどうかは「布団から出たあとで判断してみよう」。出たら、顔を洗う。会社に行くかどうかは「顔を洗ったあとで判断しよう」。食事を摂る。会社に行くかどうかは「食事が終わったら判断しよう」。着替える。会社に行くかどうかは「着替えたあとで判断しよう。駅まで行く。会社に行くかどうかは「駅に着いたら判断しよう」。会社に着く。会社に行くかどうかは「席についたら判断しよう」。....それぞれの行動の間には「行きたくないよね。わかる」。という気持ちの確認をしながら、行動は気持ちとは別に並行しておこなっていくようにします。大切なことは気分を認めつつ行動してしまうこと。また、予測することを排除することです。「昨日ピリピリしていたから今日もピリピリしているに違いない」と想像しないことです。確かにその可能性はあるかもしれません。納期が迫ってきている状況だったらその可能性は高いでしょう。でも今日はピリピリしない可能性もゼロではありません。それは行ってみて自分の目で確かめないことにはわからないことです。その意味ではピリピリするかどうかは50/50です。いい日かもしれないし悪い日になるかもしれない。行ってみたところピリピリしていて気分が悪くなったなら、その時に帰るという決断をすればいいのです。そんなことを毎日繰り返しているうちに段々と自信がついてきました。

寝る前にスマートフォンやパソコンをみることについて

寝る前にスマートフォンやパソコンをみる方は結構多いと思います。うつ病の方は寝入りが悪いとか不眠だとかの症状を訴えることも多いので、就寝前30分はそれらをみないようにする、なんて対策をとることもありますが、なかなか継続するのは難しいですよね。私も結構みてます。

寝る前のスマホ

ブルーライトが...

就寝前のスマホやPCがよくない理由としてはブルーライトが脳を活性化してしまうから云々...。聞いたことありますよね。熱中してしまうと確かに目が冴えてしまうことが実感としてあります。で、私は生理学的なことは詳しくなく、その仕組みやら成否は判断できませんので、とりあえずそんなこともあるかなというくらいにして、別のことを思いついたので書いてみたいと思います。

スマホやPCにどうして惹かれてしまうのか

就寝前のスマホやPCがよくないと分かっていながら、なぜつい見てしまうのかということです。リラックスできるから。昼間知りたいと思っていたことを調べたいから。今日一日どんなことが起きたのか知っておきたいから。時間潰し。値落ちするのって結構気持ちいいですし、一日が終わって唯一自分だけの時間ですし。ところでついやってしまう寝る前スマホ。どんなものを見ていますか?

ネットやテレビは評価の巣窟

 「結婚できない人に共通する10の特徴」、「こいつ仕事ができるなと思わせる人に共通する行動」。こういう記事がリンクに貼ってあると私はつい見てしまいます。

つい見てしまうスマホサイト

ハック

キリがないことはわかっていながらついつい。それからハック系。 「ToDoリストの上手な処理方法」とか便利アプリの紹介とか。テレビ番組でもネットでもそうですが、魅力的に感じるコンテンツって、結構あれは良い、これはダメ、タブー、こっちが格上でこっちは格下とか、いいかわるいか、上か下かって線引きしたり、上下関係を明確にしようとしたり、評価評価のオンパレードです。アルバイトしたというエントリーにも書きましたが、世の中いたるところに評価の目が光っています。そしてそれを気にし始めてしまうと身動きとれなくなるんですよね。そういう情報にピーンとアンテナを張り巡らしてしまってキリが無くなる。どんどん吸収していって頭でっかちになって、さてどうしたらよいのかわからない。何も行動しないで突っ伏している方が良くなってしまいます。うつになってしまった人が「テレビはNHKしか観れない」とか「お笑いは大丈夫だけどバラエティはしんどい」とか言うのはこういうわけだからかもしれません。

見たっていいんです

寝る前に...というタイトルから脱線しましたが、私はテレビもネットも見たければみていいと思います。うつに良くないとか言われようが魅力的なものには惹かれてしまいます。他人の動向は気になるものだし、世の中で何が良しとされ何がダメとされているか、うつになって一旦社会から離れた人にとって気になるのは当然の気持ちです。ただ、テレビやネットの世界はそういう側面があるということを覚えておいて、気分が悪くなったら離れることもできるんだと知っておくことが大切だと思います。観なければ置いて行かれるなんてことはありません。気分を悪くしてまで見る必要はありません。